ペッカ、母の他界後の近況
「遺品を整理中」
母を想い胸が詰まる

グループKOYOTEのメンバー、ペッカが亡くなった母親について語り、感動を呼んでいる。30日に放送されたKBS Cool FM『パク・ミョンスのラジオショー』には、ペッカと屋上月光(OKDAL)のキム・ユンジュがゲストとして出演し、「ロマンと思い出」に関するエピソードを分かち合った。この日、過去のビデオテープについての思い出を語り合う中で、ペッカは慎重に家族の話を切り出した。彼は「母が昨年亡くなりました。遺品を整理し始めたのですが、ビデオテープがたくさん出てきました」と明かし、注目を集めた。
ペッカは「母が僕が出演した番組をすべて録画していたんです。KOYOTEでデビューする前の1997年、高校生の頃からダンサーとして活動していました。テープが数十本も出てきました」と話し、「それを見て、母がすべて録画してくれていたんだと実感し、母に感謝の気持ちでいっぱいです。でも、まだ見ることができません」と付け加え、聴く人々の胸を打った。これに対し、キム・ユンジュは「一生大切に持っていなければなりませんね」と慰めの言葉をかけた。

ペッカは幼い頃のビデオにまつわる、愉快で温かいエピソードも紹介した。中学生の頃、友人に成人向けテープを借りたことが両親にバレた経験を打ち明けたのだ。ペッカは「画材入れの中に隠していたのですが、父が見つけて『思春期だから仕方ないが、母さんが見たらどうするつもりだったんだ』と言い、『早く返しに行け』と諭されました」と当時の状況を伝えた。
どんでん返しはその次だった。二日後、今度は母親にそのテープを見つかってしまったのだ。ペッカは「母が発見して『お父さんに見つかったらどうするつもりだったの!』と言われました。両親の愛を感じました」と語り、「当時、僕のお小遣いは週に3,000ウォンだったのですが、最後の日に一日だけ見ました。3,000ウォンを払って見て、返却しました」と話し、現場を笑いの渦に巻き込んだ。
一方、ペッカは2004年にグループKOYOTEのメンバーとして合流し、数々のヒット曲を生み出し、歌謡界を代表する混成グループの主役として活躍してきた。ステージ上でのカリスマあふれるラッパーとしての姿だけでなく、高い実力を持つ写真家「By100」としても活動し、芸術的な才能を認められている。最近では芸能界を代表する「キャンプの達人」であり、実業家としての側面も発揮し、第二の全盛期を謳歌している。
お母様が大切に録画されていたビデオテープの数々は、ペッカさんへの深い愛情そのものですね。今はまだ見るのが辛いかもしれませんが、いつかそのテープが温かい思い出としてペッカさんの心を癒やしてくれることを願っています。心よりお悔やみ申し上げます。

