徹底した考証で蘇った暴君の狂気、劇場での失敗を乗り越え二次市場で果たした大逆転

2015年に公開されたミン・ギュドン監督の映画『背徳の王宮(原題:奸臣)』が、破格の題材と俳優たちの熱演により再び話題を集めています。本作は、朝鮮第10代国王・燕山君(ヨンサングン)の時代、王を意のままに操り、傍若無人に権力を振るった稀代の奸臣、任崇載(イム・スンジェ)・任士洪(イム・サホン)父子の物語を中心に展開されます。特に、今日広く使われる「興清亡清(フンチョンマンチョン)」という表現の語源となった、朝鮮時代の美女徴集制度「運平(ウンピョン)」と「興清(フンチョン)」を本格的に扱ったことで、公開当時に大きな注目を浴びました。
1万人の美女で王を惑わせた「奸臣たちの時代」
映画の背景は、燕山君11年、王に美女を献上して権力を握ろうとする奸臣たちがはびこっていた時期です。劇中、任崇載は燕山君から採紅使(チェホンサ)に任命され、朝鮮各地の美女を強制的に徴集し始めます。こうして集められた女性たちは「運平」と呼ばれました。任崇載はこれを天下を掌中に収めるための機会とし、両班の家柄から婦女子、賎民に至るまで身分を問わず無差別に徴集を強行します。これにより、民の怨嗟の声は天を突くほどに高まります。

「王を治める力は私の手の中にある!私がまさに王の上の王だ!」というセリフのように、任崇載と任士洪の父子は、王を確実に惑わせるために優れた美貌と才能を持つ人物「ダンヒ」を揀択(カンテク)し、直接修練を施します。これに危機感を抱いた妖婦・張緑水(チャン・ノクス)は、朝鮮一の名妓である「雪中梅(ソルチュンメ)」を宮廷に呼び入れ、ダンヒを牽制し始めます。生き残るために朝鮮一の「色」にならなければならないダンヒと雪中梅、そして彼女たちを取り巻く奸臣たちの熾烈な権力争いが、映画の核心的な物語を構成しています。
実録に基づいた暴君の描写と立体的なキャラクターたち
映画『背徳の王宮』の最大の成果の一つは、徹底した考証に基づき、燕山君の姿を最もリアルに描写した点です。従来のメディアでは主に芸術家や孝行息子のイメージで包装されることもあった燕山君を、本作では『朝鮮王朝実録』の記録に合致する「狂気に満ちた暴君」として、加減なく描き出しました。

俳優たちの熱演も作品への没入感を高めました。チュ・ジフンが演じた主人公「任崇載」は、燕山君の幼なじみであり、阿諛追従を繰り返す典型的な奸臣ですが、酒・歌・舞はもちろん、武芸や芸術の方面にも精通した卓越した能力を持つ人物として、鋭い知略で燕山君を操る野心家として立体的に描かれます。

キム・ガンウが演じた「燕山君(イ・ユン)」は、女色と芸術に狂い、暴虐と殺戮を繰り返す暴君です。深刻な愛情欠乏と偏執症に苦しみ、自身もまた自分の異常な状態を認識している人物であり、キム・ガンウの狂気に満ちた演技が劇を圧倒します。チョン・ホジンが演じた「任士洪」は、息子の任崇載を前面に立てて権力を貪る陰険な人物です。過去に流刑を経験して復職したため、王や他の大臣たちはもちろん、息子にまで蔑まれる老体ですが、裏では絶えず工作を繰り広げる、無能ながらも貪欲な奸臣の典型を見せています。

最後に、イム・ジヨンが演じた「ダンヒ」は架空の人物で、市中で剣舞を踊っていた屠殺者出身として登場します。優れた容姿と剣舞の腕前で燕山君と任崇載の心を掴みますが、実は過去に燕山君によって無残に殺害された金馹孫(キム・イルソン)の娘であるという反転を持っています。家門の没落後、父への復讐を果たすために自ら運平の道を選んだ人物です。
劇場興行の失敗と二次市場での大逆転
映画『背徳の王宮』は、レベルの高い映像美と俳優たちの優れた演技力にもかかわらず、公開当時の劇場成績と批評家たちの評価は惨憺たるものでした。全国観客数111万人という期待以下の成績に終わり、興行に失敗したかのように見えました。扇情的で残酷なシーンが多数含まれており、観客の好みを激しく選んだことが主な原因として指摘されました。

劇場公開終了後、大逆転が起こりました。VODなどの二次市場でリリースされるやいなや、9週連続でダウンロードランキング1位を記録する快挙を成し遂げたのです。これにより30億ウォンに達する追加収益を上げ、最終的に損益分岐点を突破することに成功しました。特にNAVER Nストアでは2015年の全映画ダウンロードランキング1位を記録し、ホームシアターでの爆発的な人気を証明しました。

一方、『背徳の王宮』は劇場版とディレクターズカット版の評価が極端に分かれる作品でもあります。両方のバージョンを鑑賞した観客は、概してディレクターズカット版により高い点数を与えます。劇場版の場合、結末部に不要な蛇足を付け加えたことで、作品が持つ余韻やメッセージを損なったという批判が多かったのに対し、ディレクターズカット版はそのような蛇足が取り除かれ、物語の完成度が高いと評価されています。ただし、ディレクターズカット版は劇場版に比べて露出や表現のレベルが高いシーンがかなり多く含まれているという特徴があります。

