イ・ギュンアンさん、88歳で死去
빈소는 텅 빈 모습 ‘眼差し’
“正常な臓器がなかった”

過去軍事政権時代の強圧捜査と拷問で有名なイ・ギュンアン前警部長がついに死亡した。去る26日、京畿日報の報道によると、イ・ギュンアンは最近、健康悪化でソウルのある療養病院に入院した。 しかし、彼は25日、療養病院で治療を受けていたところ、享年88歳で亡くなった。ある福祉センターの関係者は、イ・ギュンアンについて 「前立腺癌があり、腎臓も悪くて血液透析までした」と明らかにした。続けて 「正常な臓器がなかった」と付け加えた。
また、彼の家族は1年に1回、彼を訪ねてきたという。このようにイ・ギュンアンは苦しみの中で生を終えたと思われる。その後、イ・ギュンアンの殯所はソウル東大門区のある葬儀場の一角に設けられた。しかし、빈소는まるで彼の過去の行動に対する因果応報であるかのように静寂が流れ、空っぽの姿だった。 この時、イ・ギュンアンの息子は取材陣に向かって「なぜ被害を与えるのか」と言い、怒りを露わにしたこともあった。

一方、イ・ギュンアンは1970~80年代、治安本部対空捜査官として活動し、様々な公安事件を担当した人物だ。当時、彼は電気拷問などの過酷な行為を通じて被疑者に自白を強要したという疑惑で批判を受けてきた。このため、「拷問技術者」という別名で呼ばれた。特に、彼は南民戦事件や金根泰(キム・グンテ)元民青連議長の拷問事件をはじめ、様々な事件に関与したことが知られている。しかし、民主化後、故人の過去史の解明が進み、彼は1988年に指名手配され、約12年間逃亡生活を続けた。
その後、1999年に自首し、拷問と違法拘禁の容疑で裁判にかけられた。その後、彼は最高裁で懲役7年と資格停止7年を宣告され、服役した。出所後は牧師として活動し、過去の論争とは別に宗教活動を盛んに行った。 特にイ・ギュンアンは宗教活動中に過去の自分の行動について反省する発言をし、反省する姿を見せた。しかし、すぐに自分の行為を’愛国’に例え、再び激しい批判を受けた。
イ・ギュンアンは2010年、あるメディアのインタビューでも「今すぐ当時に戻ったとしても、私は同じように働くだろう」という発言をした。続いて「当時の時代状況では’愛国’だったからだ。 愛国は他人に後回しにできることではない」と言い、堂々とした姿を見せた。 だけでなく、イ・ギュンアンは生前の自叙伝を通じて「スパイと思想犯を捕まえることは愛国だった」という発言をして国民の反感を買ったりもした。

