
韓国で今、囲碁界の話題をさらう一大イベントが行われている。人類最強と称される韓国の申眞諝(シン・ジンソ)九段(世界ランキング1位)が、人工知能(AI)プログラム「KataGo(カタゴ)」に挑んだが、二子のハンディキャップを置きながらも完敗を喫した。この対局は、韓経メディアグループが「Google DeepMind チャレンジマッチ」の10周年を記念して企画したもので、全3局が予定されている。
対局は17日、韓国経済TVのスタジオで行われた。AIの圧倒的な実力を考慮し、人間代表である申九段には2子のハンデ(18目の優位)が与えられた。対局前の会見で申九段は「互先(ハンデなし)では人間に勝ち目はない。3子なら自分が有利だと思うので、2子を選んだ」と語り、「戦闘を避け、18目のリードを最後まで守り抜く」という守勢の作戦を表明していた。
しかし、その作戦はAIの2手目で早くも狂い始めた。人間の棋士ならまず打たないであろう「三間カカリ」という変則的な一手が、AIから繰り出されたのだ。この一手について申九段は対局後、「あの一手で1カ月間の準備がすべて無駄になった。序盤から戸惑わされ、終始自分の碁が打てなかった」と振り返っている。
中盤までは辛うじてリードを保っていた申九段だったが、下辺での激しい戦いで形勢が一気に傾いた。AIは右下隅の黒陣の急所を正確に突く「二線の付け」という妙手を放ち、黒5子を捕獲。この瞬間、勝率グラフが初めて白(AI)優位に反転した。
追い込まれた申九段は、中央の白大石への攻撃に打って出た。かつて「AIとの戦闘は自殺行為だ」と語っていた本人も、もはやそれ以外に道はなかった。しかし、AIは驚くべき正確さで黒の弱点を突き、劣勢に見えた白大石を生還させてみせた。最後に申九段は上辺でコウ(劫)を仕掛けたが、差は広がる一方だった。
245手目、申九段が投了を宣言した時点で、AIのリードは28.8目に達していた。制限時間5時間のうち、まだ1時間50分余りを残しての敗北だった。この敗戦により、申九段は対局料5000万ウォン(約550万円)のみを受け取ることとなり、勝利すれば得られたはずの同額のボーナスは幻となった。
今回の対局を日本の読者はどのように受け止めるだろうか。AIが人間を凌駕してからすでに10年近くが経過するが、それでもなお世界トップクラスの棋士がハンデを負いながら挑む姿には、人間の誇りと挑戦心が感じられる。しかし、その挑戦がAIの前にいとも容易く打ち砕かれる様は、囲碁という伝統的な知的ゲームにおけるAIの存在感を改めて浮き彫りにした。
日本でも囲碁は根強い人気を持つが、韓国ではさらに国民的な関心事として捉えられている側面がある。今回のイベントがメディアグループ主催で大々的に報じられていること自体、その差を示しているのかもしれない。また、申九段が事前の戦略を緻密に練りながらも、AIの創造性とも言える予想外の一手によってその計画が瓦解する様は、人間とAIの対決に新たなドラマを感じさせる。
第2局は19日に、第3局は21日に予定されている。たとえ第2局で敗れても第3局は予定通り行われるという。申九段がこの衝撃的な敗戦からどのように立ち直り、次局でどのような碁を見せるのか。日本の囲碁ファンにとっても、その成り行きは見逃せないだろう。人間対AIの戦いは、単なる勝敗を超えて、人類の知性の限界と可能性を問いかける興味深いテーマであり続けている。

