
「エジプトの王」がアンフィールドを去る。
9年間、イングランド・プレミアリーグの名門リヴァプールの象徴として君臨したモハメド・サラー(34)が、最後の試合を終えて別れを告げる。リヴァプールのファンにとって、彼は単なるストライカーではなく、クラブの歴史そのものだった。
英BBCは24日、サラーのリヴァプールでのキャリアを振り返り、「彼の真の偉大さは、時が経つにつれてより鮮明に評価されるだろう」と伝えた。
サラーは2017年、ASローマから約3400万ポンドの移籍金でリヴァプールに加入した。かつてチェルシー時代にプレミアリーグへの適応に苦しんだ経験から懸念の声もあったが、結果としてこれはリヴァプール史上最も成功した補強の一つとなった。
彼はリヴァプール通算257ゴールを記録し、クラブ歴代得点ランキング3位まで上り詰めた。イアン・ラッシュ(346ゴール)とロジャー・ハントだけが、サラーより多くのゴールを決めている。サラーはアシストも119個記録した。試合ごとの影響力はさらに驚異的だ。サラーはリヴァプールのユニフォームを着て3万5326分間プレーし、376個の攻撃ポイントを記録した。平均94分ごとに1ゴールまたは1アシストを記録した計算になる。
サラーは単に数字を残しただけの選手ではなかった。彼はユルゲン・クロップ監督体制下におけるリヴァプール黄金期の中心だった。サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノと共に築いた攻撃のトライアングルは、世界のサッカー界でも最高の組み合わせの一つと評価された。3選手はプレミアリーグやUEFAチャンピオンズリーグを含む主要タイトルをすべて獲得した。2019年のチャンピオンズリーグ決勝での優勝は、サラー時代を象徴するシーンとして残っている。リヴァプールはトッテナムを破って頂点に立ち、これはクロップとサラーが共に成し遂げた最初のメジャータイトルだった。
サラーはピッチ内外での徹底した自己管理でも有名だった。クロップ監督はBBCとのインタビューで「彼はプロ選手の基準そのものを塗り替えた」とし、「トレーニングやリカバリー、自己投資のレベルが全く違っていた」と評価した。アイスバス、食事管理、瞑想などの徹底したルーティンは、後輩選手たちの手本となった。
リヴァプールの主将フィルジル・ファン・ダイクもまた、「口数は多い方ではないが、行動でチームを牽引するリーダーだった」と回想した。実際にサラーは、細部までこだわるほど勝負欲が強い選手だった。試合後に相手ゴールキーパーのベン・フォスターに「PKの状況だったら、どちらの方向にダイビングしたと思うか」と尋ねるほどだった。
彼はプレミアリーグ史上、海外出身選手として最多得点(193ゴール)を記録し、リヴァプールの通算20回目のリーグ優勝にも決定的な役割を果たした。全盛期には、リオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドに最も近いストライカーという評価まで受けた。リヴァプールの元主将スティーブン・ジェラードは、「記録やトロフィー、そしてチーム文化を含め、サラーの遺産は彼自身が証明している」とし、「彼はリヴァプール史上最も偉大な選手の一人である」と語った。
もう一人のリヴァプールのレジェンド、トレント・アレクサンダー=アーノルドもサラーについて「スティーブン・ジェラードと共に、リヴァプール史上最高の選手だ」と評価した。ただ、最後のシーズンは少々ほろ苦いものとなった。BBCは、サラーとアルネ・スロット監督の関係がシーズン後半に急激に悪化したと伝えた。連続先発記録が途切れた後に公然と不満を露わにし、結局リヴァプール首脳陣も契約の早期終了を受け入れた雰囲気だった。
サラーの次の行き先はまだ公表されていない。しかし、一つだけ確かなことがある。エジプトのナグリーグ村から始まった一人の少年の旅路は、アンフィールドで最も輝かしい瞬間を作り出し、リヴァプールのファンにとって長く忘れられない記憶として残ることだろう。


