ワールドカップ代表チームの試合を控え、サッカーファンの心は期待で高鳴ります。しかし、最近真っ先に浮かぶ疑問は、組み合わせでもベスト16入りの可能性でもありません。「ところで、これどこで見ればいいの?」という問いです。
2026北中米ワールドカップの国内放映権はJTBCが確保し、KBSが共同で中継します。長年ワールドカップの常連だったSBSとMBCは、交渉が決裂し今回は外れました。オンライン中継はNAVERが担い、ストリーミングプラットフォーム「CHZZK(チジジク)」で全試合を生中継します。伝統的な放送局を超え、オンラインストリーミングプラットフォームまでがワールドカップ中継競争の舞台に上がったわけです。見慣れたチャンネルは変わり、インストールすべきアプリは増えたため、リモコンを押したりアプリをタップしたりする手間が複雑になるのも無理はありません。

プラットフォーム時代のスポーツ中継には、確かに多くの利点があります。通勤電車のなかでも試合を観戦し、見逃したゴールシーンはハイライトで繰り返し見ることができます。複数の画面を同時に開き、選手の走行距離のような記録まで併せて確認することも可能です。試合観戦の楽しみは確実に増しました。しかも、試合だけで終わるわけではありません。選手のインタビューから戦術分析、短く編集されたクリップ映像まで次々と提供されます。スポーツは今やゴールの一瞬で終わるものではなく、丸ごと楽しむコンテンツとなって久しいのです。
問題は、選択肢が増えたからといってファンの選択権まで広がったわけではないという点です。好きな種目をすべてチェックするには、あちらこちらのアプリを行き来しなければなりません。サブスクリプション料金は一つひとつは小さく見えても、合わせるとかなりの負担になります。海外サッカーもプロ野球も、今や「どのアプリで見るか」が先決の時代になりました。「無料で見ていた試合なのに…」というため息が漏れるのも無理はありません。
ここで一度立ち止まって考えてみる必要があります。スポーツは単なるコンテンツなのでしょうか、それとも皆で享受する文化なのでしょうか。実は、私たちの制度には答えのヒントがあります。オリンピックやFIFAワールドカップのように国家代表チームが出場する主要な試合は、国民の大多数が視聴できるよう「国民関心行事」として扱われます。今回のワールドカップも、テレビではJTBCとKBSが、オンラインではCHZZKが代表チームの試合を無料で配信し、「普遍的視聴権」の最低ラインは守られました。
ただし、その無料配信は標準画質かつ代表チームの試合に限定されており、全試合を高画質で見るには別途有料メンバーシップを購入しなければなりません。最低ラインは守ったものの、「部分有料化」の壁はすでに今大会の中に築かれたといえます。海外サッカーもプロ野球もそうやって始まりました。プラットフォームの巨大資本がスポーツを飲み込みながら広がる「加入誘導」の流れは、ファンにとって知らぬ間にまた一つのハードルとして立ちはだかります。
もちろん、無条件に無料で見るべきだと言っているわけではありません。放映権は高額であり、その資金でリーグも球団も選手も成長します。プラットフォームが投資することで画質も向上し、見逃し配信やハイライトといったサービスも便利になりました。スポーツ産業が成長するためには、放映権の価値も認められるべきです。問題は、その価値がファンにとって過度な負担としてのみ返ってきてはならないという点です。
したがって答えは「無料か有料か」ではなく、どれだけ開かれていて明確かということです。プラットフォームが増えるほど、ファンが支払うコストはサブスク料金だけではありません。試合を見るために「どのアプリだっけ?」と探し回る手間まで、すべてファンの負担となります。ですから、どの試合をどこで見られるのか迷わないよう、価格と条件は一目でわかるように公開されるべきです。独占が避けられないのであれば、ハイライトや一部の無料中継を開放する方式が必要です。放送局とプラットフォームも競争するだけでなく、共同で購入して分け合い、コストとリスクを分散させる道を模索すべきです。
デジタル時代の「誰もが見る権利」は、もはや地上波だけで語ることはできません。テレビで見るファン、スマホで見るファン、アプリの操作が難しい高齢者まで、皆が一緒に見られなければなりません。同じ試合なのに、ある人には広く開かれていて、ある人には加入手続きから壁になる。その壁を低くするためには、プラットフォームも、放送局も、政策も一つのチームです。
スポーツエコシステムのバランスも重要です。人気試合の放映権料が上がるほど、大きなプラットフォームがより大きな試合を独占し、マイナーな種目はファンと出会う機会さえ失いやすくなります。放映権市場がスポーツ産業を育てる一方で、スポーツの多様性を損なわないよう注視しなければなりません。
OTTであれストリーミングであれ、オンラインがスポーツを包み込む流れは止めることができません。だからこそ、問いは一つに絞られます。この競争はファンに扉を開くのか、それとも壁を築くことになるのか。優れた中継とは、より多くの人に扉を開いてくれる中継のことです。ゴールが決まるあの興奮は、より多くの人と分かち合うとき、初めて完成するのです。


