
ワールドカップの歴史において、アジアのサッカーは常に「挑戦者」でした。欧州と南米が大会を支配する間、アジアは長く周辺部に留まっていました。しかし、時が経つにつれてその立ち位置は少しずつ変化しました。
アジアサッカーのワールドカップへの第一歩は、1938年に遡ります。当時オランダ領東インド、現在のインドネシアがアジアで初めて本大会の舞台を踏みました。その後、長い空白期間が続きました。独立国として見ると、アジアの初の本大会出場は1954年のスイスW杯でした。その主人公は韓国でした。結果は2試合で16失点という大敗でしたが、この出場はアジアサッカーの歴史において新たな出発点となりました。
1966年のイングランドW杯は、アジアサッカーが初めて世界を驚かせた大会でした。北朝鮮がイタリアを1-0で破り、ベスト8に進出したのです。アジア勢として初のトーナメント進出でした。当時「弱小」と評価されていたアジアのチームが欧州の強豪を打ち破ったこの出来事は、世界のサッカー界の認識を変えるきっかけとなりました。
しかし、その後は流れを維持することができませんでした。アジアは依然として、本大会への出場そのものが目標である時期を長く過ごしました。1980年代に入ってようやく変化が始まりました。1986年のメキシコW杯で韓国が本大会の舞台を踏み、アジアの代表格として定着しました。

1994年のアメリカW杯では、サウジアラビアがアジア勢として2度目のベスト16進出を記録しました。単なる参加を超え、「競い合えるチーム」としてアジアサッカーの地位を引き上げた瞬間でした。
決定的な転換点は2002年の日韓W杯でした。アジア初の共同開催という象徴性の中で、韓国はベスト4という前例のない成果を上げました。日本もベスト16に進出しました。
2002年以降、アジアサッカーは本格的な拡大期に入りました。日本は安定して本大会に出場し、ベスト16常連チームとして定着し、韓国は2010年の南アフリカ大会で史上初の遠征ベスト16入りを果たした後、2022年にも再びベスト16進出を成し遂げました。
2022年のカタールW杯は、アジアサッカー全体が一段階飛躍した大会でした。韓国、日本、オーストラリアが同時にベスト16に進出し、史上最多のトーナメント進出を記録しました。日本は優勝候補のスペインやドイツを破るなど、アジアの代表格を超えて世界的な強豪として認められ始めました。
48カ国体制となる初の大会、2026年の北中米W杯で、アジアはどのような成績を残すことになるのでしょうか。



