
野球ファンであれば、「トミー・ジョン」という名前を一度は耳にしたことがあるだろう。肘の靭帯を痛めた投手が、靭帯再建手術を経て奇跡的な復活を遂げ、選手生命を延ばすケースは珍しくない。この画期的な手術名の由来となった元メジャーリーグ(MLB)の伝説的左腕、トミー・ジョン氏(81)が、人生の終着駅を前に、ファンへ向けて感動的な別れのメッセージを寄せた。
トミー・ジョン氏は1963年から1989年までの実に26シーズンにわたり、世界最高峰の舞台であるメジャーリーグで活躍し、通算288勝を積み上げた名投手だ。オールスターゲームにも4度選出されるなど、一時代を築き上げたレジェンドである。
ロサンゼルス・ドジャースの先発ローテーションの柱としてマウンドに君臨していた1974年、彼の輝かしいキャリアに突如として最大の危機が訪れた。ボールをリリースした瞬間、「左腕が体から引きちぎられて飛んでいってしまったかのような」これまでにない衝撃と激痛が走ったのだ。診断の結果は、左肘尺側側副靭帯の完全断裂。1ヶ月が経過しても、腕の状態が回復することはなかった。
絶望の淵に立たされたジョン氏は、ドジャースのチームドクターであったフランク・ジョーブ博士にすべてを託す決断を下した。当時のMLBでは、肩や肘を痛めた選手は手術を避け、保存療法や対症療法を選ぶのが一般的だった。当時は「メスを入れること=選手生命の終わり」を意味していたからだ。しかし、ジョン氏は「このまま何もしなければ二度とマウンドには戻れない」と確信し、キャリアを賭けた大勝負に出たのだ。
当初、ジョーブ博士は痛んだ靭帯を直接縫合する計画を立てていた。しかし、いざ手術が始まると、ジョン氏の靭帯は激しく摩耗しており、とても縫い合わせられる状態ではないことが判明した。そこでジョーブ博士は、前代未聞のアイデアを実行に移す。ジョン氏の「右の手首から健全な腱を採取し、それを左肘の靭帯として移植する」という画期的な再建術だ。こうして世界で初めて靭帯再建手術を受けた野球選手となったジョン氏。この歴史的な術式は、後に彼の名をとって「トミー・ジョン手術」と命名されることとなった。
手術後、1975年のシーズンを丸ごとリハビリに捧げたジョン氏は、翌1976年に奇跡のカムバックを果たす。復帰初年度から先発として31試合に登板し10勝を挙げると、1977年には20勝、1980年には22勝をマークするなど、手術前を凌ぐほどの全盛期を謳歌したのだ。
現役生活の晩年における8シーズンをニューヨーク・ヤンキースで過ごしたジョン氏。ヤンキースでは毎年、球史を彩ったOBたちが集う伝統のイベント「オールドタイマーズ・デー」が開催される。ジョン氏は9日(日本時間)、この記念すべきイベントに向けて1通の手紙を寄せ、ファンへ別れの挨拶を伝えた。米メディア『MLB.com』によると、ジョン氏は現在、自宅でホスピスケア(終末期医療)を受けているという。
ジョン氏は送られた手紙の中で、「愛するファンの皆さんに、こうして最後の別れの挨拶を届ける機会を与えてくれたヤンキース球団、そしてスタインブレナー一族に心から感謝します。そして、26年間にわたる現役生活の間、私を温かく見守り、支え続けてくれたすべての友人、そしてファンの皆さん、本当にありがとうございました」と、万感の思いを綴った。
さらに彼は、「私の左腕を救い、再びマウンドで投げ続ける奇跡を与えてくれたフランク・ジョーブ博士に、改めて深い感謝を捧げます」とし、「あの時受けた手術は、その後の世代の数え切れないほどの投手を救うことになりました。そして今日、メジャーの第一線で活躍する素晴らしい投手たちの多くも、その恩恵を授かっているのです」と書き残し、自身の手術が野球界に遺した大いなる遺産への誇りをにじませた。


